2022年11月24日木曜日

制限があるからこそ産まれるナニか


 

アニメ.映画大好きポンポさん

特に注目していた映画という訳では無いが
U-NEXTにあったので見た

うん、グッと来た

むっちゃいい

元クリエイターの私にはズキュンとなった

ポンポさんのテーマの一つに

切る、捨てる、選択するというのがある
映画というのは1時間半ぐらいという決まった制約があり
どんなに見せたいシーン
うまく撮れたシーン
苦労して創りあげたシーン
ストーリー上、必要と思われるシーン
自分達が一生懸命作った素材

しかし、それらを尺に納める為に切らないといけない
捨てないといけない
これが、クリエイターにとっては地獄のようにキツい

そう、確かにそうだ、
何気に映画を見ていると気が付いてなかったが、
ほとんど捨てられ厳選されて残った物なのだ


優れた作品というのは
無駄を可能な限り削ぎ落とし
凝縮して煮詰めまくった先に発生する

こういう事を知ると、映画を見る目もかわるよね
倍速で見るなんて失礼な事出来ないよ・・



ゲームに関して


ある時期からのゲームには何かひっかかりを感じていた
そう、こういう制限が無くなったのだ

ハードの進化により

映像、動きがどんどんリアルに表現出来るようになり
想像の余地でプレイヤーが楽しめる余地が無くなって来た
 ※今回の趣旨とはちょっと違うが、これもモニャモニャ

FDD、ROMカセットの時代は、容量の制約があったが
CD、HDDとなり無限に近い大容量が使えるようになると
物理的に制作可能な物は、ほぼ全て入れる事が出来るようになった
映画制作のように泣く泣くカットなどは必要ない
やりたいだけ、入れたいだけ入れれる

こうなると・・
いくらでも盛れるようになる
そしていつしか

ユーザーは、どんな作品に対しても、アレが足りない、コレが足りない
制作者も、あれが足りないかも、これも必要かもと
とにかく盛れるだけ盛るようになる

そこには、凝縮化の為の取捨選択などは無い
作った物は全部入れる
それでも足りない
とにかく量、量、量

この結果、肥満的なぶくぶくしたゲームが出来上がる
だらだらとして助長や部分も多い

昔は、映画のように制限があった
使える容量が小さいので・・
作った素材やシーンをカットしたり
少ない中で見せる為に工夫したり
それこそ一文字単位で調整したり
無駄を少しでも省く為にいろいろやった

制作者としては・・きつい作業だったが
ある意味、これこそ、創造の醍醐味だし
これにより進化や発明が生まれていたと思う

制限が無くなった事でグダグダになってきた物はゲームだけでなく
ドラマ (特に海外物はシーズンXXとか、ほんと永遠に続く・・
漫画やラノベ (長すぎ・・・昔の漫画は密度濃かったよ)
なども・・

制作コストや発表コストが低くなった事も原因かな
気軽に長く作れるようになってきた?
うん、しかし、なんでも長すぎ・・・

結果、長いからといって倍速で閲覧したりが流行る
・・・・





まぁ、極論ですね
制限という物を美化しすぎか

たった90分の映画でも無駄を感じる物も多いし
長いゲームでも、その長さゆえの充実感がある物も多い

自分達が昔作って居たFDDベースでのゲームも、別に取捨選択の結果で煮詰まった物では無く
ただ単に、当時はその容量分を作るだけでも精一杯だったのだしね


ただ・・
どんな時代でも良い物を作るという事は、選択して捨てる作業が必要なんだと思う
完成品のスケールを100としたら 
120から200ぐらい作って、100まで絞って後は捨てるという作り良いんだろうね 
100だけ作るとか全部入れるは失敗作の元