とある事件のニュースを見た
凹んでいる
平穏な現実社会に生きる我々は、
娯楽や刺激として 破壊、絶望、悲劇 を求める
それは、物語の起伏を付ける為だったり、キャラを引き立てる為だったりする
刺激は欲しいのだ
普段、空を飛ぶ飛行機を見ていると、ふと想像する
突然、エンジンから煙を出して、フラフラと向こうのビル街に墜落していく姿を
どっかーーんと
港に停泊している船を見ると・・急に魚雷の影が迫り・・
大きな火柱が上がる!
ちゅどーん
電車の中で可愛い眼鏡学生、何か暗い表情をしているぞ
これは・・もしかして、外道な連中にあんな事やこんな事を・・
人間は想像する生き物なのだ
そして、普段有り得ない、起こらないと、自分は巻き込まれない
と思っているから、安心して想像し、それを娯楽にする
だが・・現実にそれが起こってしまうと
そういうのを娯楽として見ていた自分が・・・
そういうのを娯楽として作っていた自分が・・・
凹む
・・・
・・
妄想もダメって人いますが、私は妄想を楽しむのは自由だと思ってます。
返信削除ただ妄想上の外道(自分)とその外道を止めるヒーロー(自分)の存在って大事。森山塔先生の漫画でコレが描かれてる作品を読んだ時、「そう!コレコレ」って思いました。
外道妄想はいい、ただ妄想だから許されるのであってソレが現実になった時に否定し災害を悲しみ悪を憎む気持ちがある=人間として十分OKだと思います
決して誇張ではなく貴方の作品で救われた人がいます。
返信削除無理な願いとは思いますが、どうか凹まないで。
TADAさんが妄想したり作ったりしていたのはフィクションです。現実に同じことを見るのと想像して描くものは全く違うものです。現実のセックスとAVのセックスくらい別のもの。だから凹むのはちょっと違うと思います
返信削除ありがとうございます
返信削除はい、分かっています
分かっているけど、こういう事件があると、おわおわしちゃうよねと・・
痛みがわかると、罪悪感沸きますね
返信削除素直に楽しめるというのは、貴重で純粋で無垢ということなのでしょうか
自分もなんか色々大きな事件とか災害とかニュースで出たりするとちょっとドキドキしたりするのとかあって、その後被害者の人たちのインタビュー聞くと自己嫌悪したりとかありました。
返信削除ちょっと違いますけどコロナとか自分や身近な人に迫る災害が来てる昨今よりそういうのを余計感じますなんか.....。
これ言い出すとあちこちの電車その他で殺人しまくる西村京太郎とか薬中主人公と殺人事件書きまくったコナンドイルとか子供向けに殺人事件書きまくってる青山剛昌みたいな大量に殺人事件書きまくってる人の立場が無くなっちゃう!
返信削除特に青山氏(つまりコナン)なんか子供向けに現在進行形で量産してるわけで
勿論、彼等も何も問題はないです
フィクションはフィクション