私が制作に係わったゲーム(6)
思い出メモ
DreamProgramSystem
発売日.1989年12月
価格.5800円
ハード.PC98.PC88
はい、エルフのぴんきぃぽんきぃ(1989年7月)のマネだね
短編のエロストーリーが3つ入ったオムニバス形式です
DOさんもDORとかいうシリーズを出したし、他にも何社かやっていたかなぁ
当時のパソコンは、2ドライブ搭載が普通だったので
ゲームを動かす際は、2枚のフロッピーからデータが読み出す形だった
この2ドライブのイメージをうまく使えないかなぁと・・
1ドライブ目に共通のシステムが入ったフロッピーがあり、
2ドライブ目に専用のシナリオが入ったデータを入れたら、それが立ち上がる形です
ゲーム機のカートリッジぽいの、そんなイメージでした
なので、DPSのパッケージは、4枚です
起動DISK
個別のシナリオDISK
1ドライブに起動DISKを入れて
2ドライブにいろいろなシナリオDISKを入れる
ディスク自体がゲームカートリッジのイメージ
5インチは、あまりそれっぽくないのだが、3.5インチだとそれっぽいよね
DPS 1989年12月
プリンセス・ファンタジーなんてったって芸能人いけない!! 内科検診DPSの形は、PC-エンジンをイメージしていますPC-エンジンのコアシステムの考え方とかかっこよくて好きだったなぁまぁ、CD-ROMぐらいしか追加されなかったけどなお、この企画というかシステムの会社としてのポイントは私がしなくても商品が作れる体制を構築するという所でした私の方で、大枠の設計、システムが出来たら、後はライターと絵描きに任せておけば量産が出来るそして、その間に、私は新規企画をすると・・・なので、私が作ったのは、システム全体とひな形となる1本「プリンセスファンタジー」だけだったりします
家庭教師はステキなお仕事Fahnen Fliegen信長の淫謀共通化で作ろうとしたが、最初に作ったのは仕組みの穴や共通化の問題点が多すぎて・・さっそく共通化の仕様変更で作ったのがコレです同じシステムでSet2.Set3も動きますタイトルがDPS-SGになったのははい、そうです PC-エンジンSG(スーパーグラフィックス)をイメージしています
ANTIQUE HOUSE朱い夜いけない内科検診 再びこの辺りになると、私は完全にノータッチみんな頑張って作ってねーと応援する役職です└|∵|┐♪
しんこんさんものがたり卒業Rabbit P4PDPSのシナリオは、夢で見るという仕組みなので開始時に立場が選べたり、いくつかの分岐がある作りでしたまぁ、当時はある程度のプレイ時間がかかるように作らないといけないので今となっては無駄と言えるような謎フラグとかもあったな・・( 簡単に解けないようにする為に・・ )
DPSシリーズ
これらは、商品としては若干地味かもしれないけど
アリスソフトにとっては、とても重要な位置を占める商品群だったよ
DPSの御陰で当時の販売バランス(ラインナップ、売り上げ)が取れた
DPSの御陰で私が新作(ランス2,闘神都市、ランス3)に集中する事が出来た
アリスソフトにとって縁の下の力持ちみたいな存在でした
「DPS全部」でまとめて遊んだのですが、なるほど業績貢献のコンテンツだったのですね。
返信削除当時の雑誌、テクノポリスでMINさんのキャラを見たのがアリスにハマる切っ掛けだったと思います。懐かしいです。
しかし、パッケージにせよフロッピーにせよ、大事に残っていますね。5インチとか現存するんだ。
あ、すみません。写真は3.5インチのフロッピーですよね。
削除5インチの現物もTADAさんのお手元にはあるのかなと。
(5インチで販売したものってあるんでしょうか)
この写真、会社(ハニービル)に侵入して保存されていたのを撮りました
削除個人で持っていたのは、さすがにもう無いな・・
多分家にX68kの5インチ版フロッピーが残って居るはず
削除ああ、SGってそういう・・・
返信削除なんで当時気づかなかったんだろ
DPSSGは MSX2のインターレースで98みたいなグラフィック出しててびっくりしましたね いつも他機種よりしょぼい画面のゲームばかりだったので
返信削除MSX2だと元ネタのSG(スーパーグラフィックス)の名に恥じませんでしたね
誰があのグラフィック処理方法思いついたんだろう
そういえば、そうでしたね
削除インタレース機能だと少しチラチラするけど縦の解像度が2倍になるので、98とかと同じぐらいの表示が出来たんだよね
あの機能は、RPGとか書換の多い物には向かないけど、一枚画のDPSみたいなのにピッタリでした
多分、全部買わせていただいたはず。5インチ機所有だったのに、間違えて3.5インチ買って遊べなかった思い出があります。
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